社員みんなの写真

体現


マックシステム (2013.03.23 09:00) | 代表コラム|

 例年以上に寒かった冬から春へと季節も移り、
桜も開花しだしたこの頃だが、
昨年の桜の季節からもう1年が経過したのかと改めて思う。
正確には、早く感じると言う事だろうが、人生70年で考えれば、
桜を見れるのも後20数回程度。

改めて思えば、残りの時間も働ける時間も無限ではなく、
時間の使い方を考えるようになった。

これまでも時間を無駄に浪費している訳ではなく、
20年前より、10年前より、数年前よりの自分と今の自分を
客観的に見れば、多少の精神的成長を感じつつ、
人の想いや状況を以前より感じる事が
出来るようになったと思うのだが。

まあ、一言でいえば「理解」と言う事になるが、
なによりこの「理解」の使い所を考えるようになった。
一般的には「理解」=「良い人」と捉えられる傾向にあるが、
この「理解」は使い方を間違えれば、
人を甘かせ、駄目にしてしまい、使い方によっては人助けにもなる。

これまで携わったり、関係した方々や家族も同様だが、
一生を面倒見れるのなら、その理解も多少の甘やかしも
許されるが、大勢の方々を面倒を見れる資産も財産もない。
ましてや、人の人生に影響を与え、余計な環境を提供する程、
おこがましい事はないと考える。

環境などは人生を考えれば、数年毎に変化し、
20年も経過したら劇的に変わっている場合が多い。
日々少しづつ変化しているから感じないが、
20年前の状態と今を比べたら、家族や友人、同僚との人間関係も変わり、
住まいや経済状況も、仕事の環境も良い悪いを問わず、変化している。
その中で数年前より「考え方」や「捉え方」がどう変わったのか、
鑑みる事は大事ではなかろうか。

往々にして、経済状態だけを見て、
良い人生だ!幸せだ!との考える価値観がある。
それも一つである事は間違いないが、昨日の自分より成長した自分がいる事も
良い人生を歩んでいる事だと実感してほしい。
 
 高齢化に伴い、以前より電車の中や大塚周辺でも、
お年寄りを見掛ける機会が増えたが、
ふとした動作や顔つきを見れば、その方の人生が滲み出ている。
老化に伴い、それまでは不自由なかった事に怒りを覚えたり、
疑心暗鬼になったりと言う方がいる一方で、
車中でにっこりとした笑顔で、佇むご老人もいる。
人生は表情に現れると、しみじみ感じる。
「全ての事象は自分の心の反映である」との如く、
今を受け入れ、素直に生きているから、
表情も柔らかく、穏やかなのだろうと
勝手に想像している。 
少しでも長生きして、道徳の体現を多くの方々に見せて頂きたいと願う。
愚痴や不満は一時の憂さ晴らしに過ぎず、
虚しさだけの空虚な人生は、歩みたくない。
 
「いつも明るく前向きに、希望を抱いて素直な心で」

桜

写真はJR大塚駅 空蝉橋(うつせみばし)付近の桜です!(撮影2013.3.22)

中村